| JUNKUトークセッション 映像とタイポグラフィの周辺 『市川崑のタイポグラフィ』刊行を記念して
2010年12月9日 東京・ジュンク堂書店池袋本店
対談:小谷充 鈴木一誌
司会:前田年昭
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| 前田 | それでは小谷さんの新刊『市川崑のタイポグラフィ』刊行記念トークセッションを始めます。ざっくばらんに対談という形で進めたいと思います。小谷さんには無理をお願いして,授業を休んできていただきましたが,私も小谷さんとお会いしたのは今日が初めてです。鈴木さんは映画にもお詳しいので,今回ぜひお二人で対談をと考えました。今日の対談が実現したのは,本を読んだ方々とのツイッター上での「ぜひ小谷さんの話をききたいね」というやりとりがきっかけです。
まずは題材となっている『犬神家の一族』を見たいと思います。「動く文字」ということで,鈴木さんに編集していただいた映像を十数分見ます。
- 『犬神家の一族』1976年版〈タイトルロール〉
- タイトル・デザインの名作として
- 『アラバマ物語』〈タイトルロール〉(原題 “To Kill a Mockingbird”1962年)
- 以下,ソウル・バス(Saul Bass)のタイトルデザイン2本
- 『黄金の腕』〈タイトルロール〉(原題 “The Man with The Golden Arm”1955年)
- 『ウエスト・サイド物語』〈エンディングロール〉(原題 “West Side Story”1961年)
- 以下、比較的最近の作品から
- 『セブン』〈タイトルロール〉(原題 “Se7en”1995年)
- 『ゴダールの映画史』〈タイトルロールと本編〉(原題 “Histoire(s) du cinéma”1998年)
- ブック・デザインにも時間的要素がある例として
- 塚本邦雄『百句燦燦』講談社1974年(ブックデザイン 杉浦康平)〈外函,表紙,見返し,扉,目次,本文……〉
今見ていただいたような映像は,このほかにもYouTubeに多数アップされているので,「motion typography」「kinetic typography」「Saul Bass」で検索してみてください。
今日は動く文字ということで話を進めていきたいと思います。『市川崑のタイポグラフィ』は2か月で重版がかかりました。日本の文字と組版は捨てたものではないと思います。まず小谷さんに,こういうテーマで本を執筆しようとしたきっかけを話してもらえますか。 |
| 鈴木 | よく企画が通りましたね。 |
| 小谷 | 実は,最初は書籍にするということを舐めていました。自分が商業印刷の仕事をしていた時には,当然企画の通った後の仕事をしていたので,こんなに大変だと思いませんでした。1年かけて原稿をまとめてから出版社を回ったけど,次々断られました。映画の本は売れないからだめ,さらにデザインではだめ,ということです。ようやく去年の夏から秋にかけて水曜社さんからOKがでました。次は映像の使用許諾の壁がありましたが。 |
| 鈴木 | 本文は小谷さんが組んでいるんですよね。 |
| 小谷 | 表紙のデザインもそうです。他の人にお願いしたかったけど,金額の問題もあって,最終的には自分で。 |
| 鈴木 | どのくらい前からどういうきっかけで書き始めたのですか。 |
| 小谷 | 大学の紀要論文がもとになっていますが,そこでどう学生にデザインを伝えるかを考えました。教育学部でのデザインの授業は4年間で6コマ程度。その時間でデザインの全体像を伝えるのは難しい。そこで,市川崑さんに接着剤になってもらって,人がものを作ることを「大きなストーリー」として伝えたいと考えました。それが最初の動機です。
本を書き始めたのは,市川崑さんの逝去のニュースを聞いた朝,2008年の2月です。それから集められるDVDを全部集めました。 |
| 鈴木 | 市川さんの評価がそれほど高くないというのも理由の一つですか。 |
| 小谷 | 他にここまでタイポグラフィにこだわった監督を知らなかったので。 |
| 鈴木 | 変わったタイトルだけど,「あ,きた」という感じがありました。なんか気になっていたけど,自分で調べるまではいかない。だけど気になる。 |
| 小谷 | 刊行当初は,書店での扱いもまちまちで,ファッションのコーナーにもおいてあったと聞きました(笑)。 |
| 鈴木 | よくぞ出してくれたというテーマでした。 |
| 小谷 | ぼくも,どなたかが書いてくれるのを待っていました。そういうパッケージになったものを欲していたのですが,いつまでたっても来なかったので,自分で。 |
| 鈴木 | 映画とタイポグラフィをつなげてみる視点はどこから? |
| 小谷 | 高校の時にビデオ作品を撮ったことがあるのですが,作るとなると,脚本,監督,演じて,クレジット製作,すべて自分でやりたい。画面のなかにあるものは,すべてストーリーを暗示しているものでありたいと思っていました。 |
| 鈴木 | さっき見た映画のタイトルバックは,どれもみごとに内容の導入や着地になっていました。 |
| 小谷 | 『セブン』はかなり多方面に影響を与えています。タイトル・デザインはカイル・クーパー。CMなんかでフォロアーもすぐに出た。彼は後のインタビューで,「ああいう痛々しいグラフィックは,車のCMには合わない」と言っていました(笑)。しかし,表現は背景に素地がないとピンとこない。世間にそういうものを受け入れる要素がないと。 |
| 鈴木 | こうして見ると,映画の中身より,タイトルバックの方がよりその時の世間を映しているような気がします。 |
| 小谷 | モダンスタイル,たとえばサンセリフ系の文字を使うクレジットのデザインが見慣れたものになり,そのきっちりしたものの上に,いかにノイジーな要素を加えるかという方法として,『セブン』のタイトルが出てきた。だから多くのクリエイターが反応したんでしょう。『セブン』ではエンディングのロールが逆に流れます。そういう部分も作り手の感覚ですね。 |
| 鈴木 | アニメーション『紫式部 源氏物語』(杉井ギサブロー監督,1987年)のエンディングロールでは斜めに組んだ文字を下から上へ送って怒られたことがあります。淀川長治さんとかにひんしゅくを買いました(笑)。映画のタイポグラフィは,ふだん紙の上ではやってはいけないことをいかに洗練させて見せるか,ということを見せてくれます。 |
| 前田 | 映像では時間差で見せられる。例えば2001年の9.11後のマドンナのオフィシャルサイトで,“Madonna”の文字が右から左に綴られるのがありました。アラブ文字の組方向である右から左への排列です。それが読めるのは,時間差で表示されるからです。縦か横かといった,組方向が重要です。 |
| 鈴木 | 時間差で,横組が基本のアルファベットでも逆方向の行配列が可能になる。
『犬神家の一族』でも,姓名の途中で切ることで,人の名前が一見わからなくなっていました。 |
| 小谷 | よく,姓名をL字型に曲げられた人は納得したなと思いました。『犬神家の一族』の時は,曲げられているのは市川崑監督と石坂浩二だけなんです。あれで認知されて,「わたしも曲げて」という人がでたのかもしれません。 |
| 鈴木 | 姓名で改行するな,というのがブックデザインの基本としてあるが,菊地(信義)さんのデザインはその点イヤなんだけど(笑),あれで菊地スタイルをつくったのも事実と思います。
昨日韓国から帰ってきましたが,韓国の看板を見ていると,正方形ユニットであるハングルも,縦にも横にも動きたいのだということがわかります。
日本語組版のベースになっている正方形の文字は,縦にも横にも動きたがっている。一方,アルファベットは文字だけで行方向を成立させている。 |
| 小谷 | 日本語やハングルは正方形の中心に重心があるので,どちらの組方向にでもいけます。アルファベットは水平線が基準なので,どちらの方向にでもという意味では不都合があります。 |
| 前田 | もとの紀要論文は横組ですか。 |
| 小谷 | 横組です。紀要論文は基本的には横組ですが,国語の先生だけが縦組。掲載誌は左から読むと横組,右から読むと縦組というように組方向が混在しています。 |
| 前田 | 今回の本については,組方向に迷いはありませんでしたか。 |
| 小谷 | 紀要からはほとんど書き直したので,迷いはなく,縦でゆっくり語ろうか,という感じでした。横組だと,図版メイン,文章チョロチョロというスタイルです。今回の本も,もっと図版を増やして説明なんか少しでいいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが,基本的には物語にしたかったということです。ストーリーにしたかった。 |
| 鈴木 | ちゃんとミステリ仕立てでしたね。 |
| 小谷 | 出来すぎですね。紀要のときは,私自身が間抜けな警部役で,後で検証すると間違っているところがありました。書き直すときには,その失敗も含めたストーリーにしようと。その方が学生に説明するときにも楽しいと思って。 |
| 鈴木 | 本格ミステリでは,探偵は自分で見たもの,調べたものしか推理や真相解明に使えない。小谷さんの本はそれが貫かれている。「たとえ作家本人の言説であっても,それは行為の終点からその軌跡を顧みて辻褄をあわせ,合理的に筋道を再構成した「物語」に過ぎない」とお書きになっています。 |
| 小谷 | 考古学研究と同じ態度です。出てきたものから見ないと。美術関係の仲間たちの話を聞いていると,けっこう嘘つきなんです(笑)。話を作ってるんです。作品について嘘をつく。試行錯誤を重ねた作品を最初からすべて計画的だったと偽ったり,計算された効果を感覚的なものだと偽ったりする。アーチストの言葉を鵜呑みにすると間違えると思います。この本での私の態度は,もし市川崑に会えて,その“アーチストの言葉”で説明されても反論できるように証拠を集めようというものでした。 |
| 鈴木 | デザイナーも口ですから(笑)。信じてもいないストーリーを,例えば「赤は活力の色です」というように言うこともあります。 |
| 小谷 | 学生の話を聞いていてもそうですね。恋愛の相談を受けても,互いに言っていることが違うんです。当事者それぞれの認識と,その場で起こっていることは違う。そういうことを学生たちの関係の中で学びました。 |
| 前田 | 文字とか組版の規則を考えるときもそう。中学高校のとき新聞部にいたのですが,先輩の教えが厳しく,それを繰り返し叩き込まれました。新聞の組版にはいろいろ決めごとがあって,「ハラキリ」〔註:段間罫が左右いっぱいに通ってしまう割付のこと〕とはだめとか。でもよく考えると,なぜそうなのかがわからない。 |
| 鈴木 | この本を注意深く読むと,見えたことだけを書こうとされていて,その執筆態度がすばらしい。 |
| 前田 | 当事者の意見ばかりをありがたがるような風潮とは,全然異なる態度ですね。 |
| 鈴木 | 映画の入り口から出口のすべてを十全に映画として扱おうというのが小谷さんの態度なのだと思います。ジェラール・ジュネットに『スイユ』〔邦訳:水声社2001年〕という本があり,タイトルや序文,目次など本文テクスト以外のことを論じています。「スイユ」とは敷居のことで,つまり本というのは,敷居をまたぐ儀式があってこそ本であるということが語られています。小谷さんのタイトルバック論はある意味では映画の敷居学。誰もが踏んでいるのに見ていない敷居を扱っているのだと思います。 |
| 小谷 | 自分がデザインの仕事をするときには,好きなデザイナーの仕事を観察し,はかる,かぞえる,ことから始めます。だいたいデザイナーはそういうことをやっていると思います。杉浦(康平)さんが写研と発行された『文字の宇宙』を観て,どうやってるんだろうと思って。スケールをあてて計って,字詰めや文字の大きさを吟味して,書き出して,実際に写植屋さんに注文してみました。でも,写植のオペレーターさんの感覚でやってもらっても,『文字の宇宙』と一緒にならないんです。なので,さらに細かく修正をお願いして近づいていきました。そういう経験が,今回の本にも役立ちました。私が学生時代,デザインの授業は写植の発注からでした。すべて自腹で写植を注文していて,お金がかかって大変でした(笑)。大学院に行くと,写植機があって自分で写植を打てるんです。嬉しくて,一日中写植機で遊んでいました。写植の印画紙の切り貼りが楽しかった。その頃,友達に「小谷のデザインはコンピュータ向き」と言われ,Macを覚えました。92年頃です。それがよかったと思います。就職してすぐは手書きで指定を書いていたけど,半年くらいでDTP班の立ち上げに参加し,そこで初めて雑誌を丸ごと一冊DTPで作成しました。 |
| 前田 | 定期刊行雑誌ですか。 |
| 小谷 | 最初は住宅情報誌の埼玉版でした。部屋の間取り図ばかり描いていて,半年くらいでイヤになったんですが,さらに半年後に,日経BP社の初心者向けのパソコン雑誌ができるようになりました。 |
| 前田 | コンピュータは小谷さんに向いていましたか。 |
| 小谷 | コンピュータは,向いている部分もあったけど,当初はフォントが全然だったので,フェティッシュな好みは満足されませんでした。文字を美しく打って,そこから全体を組み立てるという希望はかなえられず,スイス・タイポグラフィのほうにやり方を変えたところもあります。今は書体が増えてかなり自由になりました。 |
| 鈴木 | 最初は中ゴBBBとリュウミンだけで(笑)。 |
| 小谷 | CDジャケットのデザインでも,中ゴBBBでした(笑)。94年頃のことです。 |
| 前田 | その頃はまだ写植はありましたよね。 |
| 小谷 | 他の雑誌を作っている班は写植だったので,自分の班が閑散期に手伝いにいくと,写植中心の進行が嬉しかった。 |
| 鈴木 | スイス・タイポグラフィは縦組では難しい。 |
| 小谷 | スイス派は60年代でしょうか。あれはあれで憧れていました。特に意識したのはヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの『グリッド・システム』。そちらで勉強しました。 |
| 前田 | DTPになると分析するのが難しい。ほかの人の仕事をみて勉強するのが難しいですね。 |
| 小谷 | 写植以降,DTPでは版面の中身は不透明です。ドロドロしていて,わからない。例えばもう一回この本(の組版)を作れといわれてもできない。今もう一度発注かけても同じようにはできないと思います。
ずいぶんアクロバット的なことをやっていると思います。もとは持ち込みのための見本原稿として組版してあった。ところが図版の使用許諾の関係で,大幅に図版を減らし,ページ数も削りました。そのタイミングで組版をいじり、さらにこれを最終稿にする段階でいじってる。全ページを見ながら字間調整というような(笑)。 |
| 鈴木 | 最近でいうと『告白』(中島哲也監督,2010年)は市川崑風ですね。 |
| 小谷 | ええ、予告編はそのものでした。市川崑も好きなのですが,どちらが好きかというと,それぞれの文字がもっている形をみて,字詰めするのも好きですね。一日中版下を作るのは好きです。 |
| 鈴木 | 仕事で,今日は一日版下作ってればいいというのは気が楽なところがあります。 |
| 小谷 | チャンネルが一つでいいので。版下を作っていると,文字が訴えてくるんです。君はそうなのか!という感じ。自分がこうしたいというより。 |
| 鈴木 | 不動産の図面を描くよりずっといい(笑)。 |
| 小谷 | 人んちの便所には興味ないです(笑)。文字の組み合わせのバリエーションはたくさんあるので,どうすればいいのか,自分が試されている感じがします。 |
| 鈴木 | 嫌いな書体だとイヤになる(笑)。 |
| 小谷 | う~ん、ここで地雷は踏みたくないなあ。書体も使い方しだいだと思います(笑)。 |
| 鈴木 | 『犬神家の一族』のモリサワ見出明朝体は,画面だといいけど紙だと絶対使わない。
以前,岩波書店の本で,杉浦さんの影響を受けてゴチアンチ〔ゴシック漢字+アンチック仮名の組み合わせ〕をやったら下品だと拒否されたことがあります。マンガや女性誌の世界だということらしいです。 |
| 小谷 | ぼくも見出明朝体は使いません。『犬神家の一族』は石井特太明朝体だと思って調べたら,モリサワの書体がメインで驚きました。 |
| 鈴木 | あのへんの謎解きはスリリングでした。普通はメインが写研でサブがモリサワだと思うでしょう。
杉浦さんから聞いた話では,市川さんの小さいタイポグラフィ(タイトルを画面中央に極小で表示する手法)が大きくなったのは,亀倉雄策との出会いが大きかったのではないかということです。たぶん,東京五輪で接点があったのではないでしょうか。大政翼賛会-名取洋之助-亀倉雄策-市川崑という流れですね。また杉浦さんによると,映画関係者だけでなく,当時のデザイナーの多くも,海外の映画から大きな影響を受けていたということです。
それ以前に亀倉雄策の影響があったとしても,なぜあのとき,市川崑の『犬神家の一族』のタイポグラフィが登場したのか。今回『犬神家の一族』をあらためて見なおして,文字が縦と横にガチャガチャと動くようすは,ルービック・キューブの動感に似ていると感じられました。ルービック・キューブの発明が1974年なんですよね。 |
| 小谷 | そういえば,ルービック・キューブの大会に出たことがあります。小学校6年生のころです。虎の巻があって,そのとおりにやるとできるんですが(笑)。 |
| 鈴木 | 日本ではルービック・キューブは1980年の発売ですがね。 |
| 小谷 | あのあたりの感覚としては,市川崑もそうだけども,周囲の状況が自分自身にウニウニと焼きついています。ぼくにとっては,トラウマと本にも書いていますが,市川崑のタイポグラフィは自分の人生を決めるような出来事でした。80年の『古都』がまた衝撃で,というのは,タイトルバックを見て金田一シリーズだ!と思っていたのに,いつまでたっても金田一が出て来ない。双子の主人公のどちらかが死ぬに違いないと思って見ていたのに,誰も死なず,金田一も登場しませんでした(笑)。いかにビジュアルの力が強いのかがよくわかりました。 |
| 鈴木 | ルービック・キューブ的な動きが,立体の謎を予感させてしまうんでしょうか。 |
| 小谷 | 明朝体には,古めかしさというよりも,匂いを思い出すような,身体感覚というか繋がりが生まれてしまいました。 |
| 鈴木 | 市川崑さんは紙のデザインのルールを破ってくれています。今なら,Webデザインのタイポグラフィが,紙のデザインの常識を破りつつあるんじゃないでしょうか。 |
| 小谷 | そうだと思います。自分は文字を動かそうと思いません。文字の形が好きなので。カメラの視点で動くのはいいけど,文字自体がぷよぷよ動くのは……。ただ、挑戦的な表現はどんどん生まれて欲しい。そうでないと紙のデザインは行き詰まるように思います。 |
| 鈴木 | 例えばタテヨコ混在で組まれたものを読む時に,読む人にはためらいが生まれる。そこに読む楽しさが生まれるんじゃないでしょうか。 |
| 小谷 | 杉浦さんはタテヨコ混在に以前から取り組んでいるし,戸田ツトムさんも野心的でした。今現在,組版は窮屈になっています。文字組の流行はゆるゆるだけど,野心的なゆるゆるではない。 |
| 前田 | それは道具と人の関係によるのではないですか。道具と人の関係が自由すぎるのではないでしょうか。野心的なデザインは不自由さが生み出すのだと思います。 |
| 鈴木 | 『犬神家の一族』のタイトルバックは,グリッド上をバラバラと自由に動いているようだけど,すべてのカットをまとめると,意外とグリッドの使用頻度は均等ではないでしょうか。明朝体,グリッドというしばりがあるから,動きがでてくる。映像での時間の流れと本での本文設計とはそんなに違わないのではないでしょうか。 |
| 小谷 | ぼくは装丁の仕事はあまりしていないのですが,表紙から目次ヘと進んでいく時間軸の中に自分をおきたい,という気持ちがあります。演出ですね。手に取る人に伝わる,時間の流れの演出。映画の場合もタイトルバックを含めた演出の押し引き,パッケージング,そういう共通項があるように思います。 |
| 鈴木 | ルールのなかで,自分がどういう調整幅をもっているのかの見極めが重要ですね。モリサワの見出明朝体にない字形を,という調整幅から思わぬことが起こる。『犬神家の一族』は,写研とモリサワという二つの文字集合が混在する画面になった。調整量というのはおもしろい概念です。文字詰めも調整量ですね。 |
| 小谷 | 学生たちに教える場面では,突然ポスターなんかをやらせてもいいものはできない。様々な要素を同時に解決しようとすると,写真の構図とか目につきやすいものをいじって終わりになってしまう。そうでなくて,タイトルの文字組だけでも色んな調整幅があるということを教えるようにしています。1コマ90分,実際にやって見せながら。 |
| 鈴木 | 漢字の縦組での「一」はあるツメ幅を越えると,「一」に見えないですね。 |
| 小谷 | 今回の本ではキャプションのツメで苦労しました。「一三」がちゃんと「一三」に見えるか,まるで見たことのない変な数字にみえるかの境目を探りながら組みました。 |
| 鈴木 | InDesignの「プロポーショナルメトリクス」モードは「一」を詰めてしまいます。 |
| 小谷 | 文字詰めの調整幅をつかむのが難しいです。 |
| 前田 | 実際の仕事で一生懸命にならないと分からないのでは。一般的なルールを作ろうとしても難しいと思います。 |
| 小谷 | ゲシュタルト的な見方として,「一三」を自分だけでなく他の人もそれと認定できるように組めるのがプロのデザイナーだと思います。 |
| 鈴木 | 市川崑のタイトルバックは,『犬神家の一族』で突然巨大になったんでしょうか。 |
| 小谷 | L字型で巨大な文字は『犬神家の一族』からですが,市川崑は自身の脚本のデザインをやっていて,その表紙の構成は60年代後半から大きな明朝体が頻出します。 |
| 鈴木 | 手書きから写植の明朝体に変わったのはいつ頃ですか。 |
| 小谷 | 市川さんは新しもん好きなんだと思います。モダンデザインに凝っていた方なので,ソウル・バスがヘルベチカあたりを使っているのを見て,手書きだけではモダンデザインにはならないと思ったのではないでしょうか。金属活字では難しいので,写植が出た時にこれだ!と。 |
| 鈴木 | 市川崑は画家志望でしたが,アニメの経験もありますね。 |
| 小谷 | そうです。ディズニーアニメに憧れて、動画からキャリアをスタートされています。晩年,撮影所ではミッキーマウスのスリッパをはいていらしたようです。有名なエピソードで世田谷の自宅に泥棒に入られたけど,大切にしていたミッキーの腕時計は盗まれていなくてよかった,とか(笑)。 |
| 前田 | 小谷さん,次の本のご予定はいかがですか。 |
| 小谷 | 次の本はないんじゃないでしょうか。『市川崑のタイポグラフィ2 ゴチック体』,『市川崑のタイポグラフィ3 教科書体』とか,それはさすがに読者も飽きるだろうと(笑)。映画にデザインが絡んでいる要素を抽出することには興味があり,会社のマークについてはすでに紀要に書きました。『ゴーストバスターズ』『ジュラシックパーク』など,ロゴマークが架空の企業体のマークとして使われているのですが,そのマークが映画のなかでいかにふるまうのか。映画のストーリーにおいて,マークの出現頻度や汚れ方で大きな流れができています。こういうことは日本の映画にはあまりありません。それは,日本の映画は脚本優位だからではないかと思っています。向こうの映画製作はストーリーボードを使用するので,できるだけ映像で説明しようとする。そのあたりが違いかと思っています。 |
| 質問1 | モリサワと石井の両方が採用されたのは,メディアミックスで,角川と東宝で発注の違い,あるいは書店経由ということと関係あるのではないでしょうか。 |
| 小谷 | 当時市川崑がまとめて発注していた会社があるのですが,そのあたりを調べても,おそらくは,どちらも選べたであろうと考えています。両方選べたけれども,あえて選んだのだと思います。 |
| 質問2 | この本に対する意見で,おもしろいものはありましたか。 |
| 小谷 | そんなに直接はありません。写植オペレーターをしていた方から,懐かしいというファンレターをいただき,心温まりました。島根にいると周りに反響がなかったので,今日こういう場にきて,いていいんだよ,と言われた感じがします。 |
| 質問3 | 現在の映画関係者でタイポグラフィにうるさいのは,スタジオジブリの鈴木敏夫さんだと思います。鈴木さんは自分でもやるし,『ゲド戦記』(宮崎吾朗監督,2006年)のタイトルは自分でマジックで殴り書きしたということです。あと,伊丹十三監督もタイポグラフィに詳しくて,伊丹十三記念館(愛媛県松山市)には,デザイン画のセクションもあります。当時,自分が一番明朝体がうまいと豪語していたようです。伊丹十三のフォントを誰か作らないかなあ,と思っています。誰か実現してくれないでしょうか。フォントメーカーの方よろしくお願いします。 |
| 小谷 | 伊丹十三は市川崑の次に文字にこだわった監督だと思っています。よくタイトルが話題になりますが,エンドロールの文字組にも注目しています。明朝で視認性がよく,少しひっかかりがあります。伊丹十三記念館にも行ったことがあります。とても気持ちのいい場所ですが,その館内のカフェ・タンポポにはすごい藪蚊がでるので要注意です(笑)。 |
| 鈴木 | ラストが「終」か「完」かは,映画会社によって違うのでしょうか。 |
| 会場参加者 | シリーズ物は「続」で終わり,シリーズ終了時には「完」と出たらしいですが。 |
| 鈴木 | 今度は「終」「完」を千字ぐらい集めてはどうですか。 |
| 小谷 | DVDを集めるのが大変なんです(笑)。 |
| 質問4 | 今回の本をブログとかじゃなく,本一冊にした理由を教えてください。 |
| 小谷 | 実はぼくは匿名のブログをやっていて,そこの話題はアコギ(アコースティックギター)からうどんと移って,今はグルメブログになっています。ブログは匿名性がうまく機能しているメディアだと思います。匿名ということで,うまく書ける。こちらの研究は,公の自分でいたかったということです。ブログよりもっと広く響いてくれる人がいれば,デザイン,映画,日常で文字を見るということに,関わっていけるのではないかと思います。ブログはうどん,崑は本で。うまくまとめちゃいました(笑)。 |
| 質問5 | 先に人気のブログにしてから本という道筋は考えなかったのですか。 |
| 小谷 | ミステリだと,ブログに書いてネタがばれると本にならない,そういうことなのかもしれません。 |
| 小谷 | 私から鈴木さんに質問ですが,鈴木さんがタイトルのデザインをされている映画,『蒸発旅日記』(山田勇男監督,2003年)のときには,静止画の状態でデザインされたんですか。 |
| 鈴木 | 静止画でした。当時,左右対称にする,ひっくりかえす,というような気運がありましたね。 |
| 小谷 | 出版社の名前もひっくりかえっていましたが,大丈夫だったのでしょうか(笑)。 |
| 鈴木 | タイトルバックのデザイン料はもらっていないので大丈夫です(笑)。 |
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(以上) |
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小谷充 (こたに・みつる) | 1968年岡山生まれ。島根大学大学院教育学研究科准教授。筑波大学大学院芸術研究科修了後,デザイン制作会社に勤務し,企業広報誌や女性誌のレイアウトを経験。のちにDTP部門の立ち上げスタッフとして参画。以降,コンピュータ初心者向け雑誌のデザインを中心に出版物のフォーマット設計を担当。NEC社製コンピュータ解説書「活用ブック」のデザインほか,「第6回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2000」,「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003」への出品など。 |
鈴木一誌 (すずき・ひとし) | 1950年東京生まれ。グラフィックデザイナー。東京造形大学を経て杉浦康平のアシスタントを12年間つとめ,85年に独立。〈装幀〉ばかりではなく,書物全体の設計=ブックデザインの立場からページに関わりたいと思っている。2001年よりデザイン批評誌『d/SIGN』を戸田ツトムとともに責任編集。映画や写真の批評も手がける。著書に『画面の誕生』(みすず書房),『ページと力 手わざ,そしてデジタル・デザイン』『重力のデザイン 本から写真へ』(以上,青土社),共著に『知恵蔵裁判全記録』(太田出版),『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』(ワイズ出版)ほか。 |
前田年昭 (まえだ・としあき) | 1954年大阪生まれ。編集・校正・組版者。思想誌『悍』編集人。 |
写真 記録・文責
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高橋香葉 脇田幸子・前田年昭
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